| 浪切不動明王は弘法大師空海様が海上安全を祈らんがために自ら一刀三礼彫刻をなされ、尊師恵果阿闍梨の開眼加持を受けた霊尊です。
大同2年(806年)10月大師様御帰朝の際、玄界灘の荒れ狂う風と波に船は翻弄され、たびたび沈没の危機にさらされたとき、大師様が祈念され不動明王を示現されました。
火焔を放ち利剣を振って魔風を鎮め、荒波を切り開いて、船を無事博多湾に導かれたのです。このことからこの霊尊を「浪切不動明王」とお呼びするようになりました。
お大師様の一代御本尊として、国家鎮護のため五十数たびの大祈願会をはじめ、日々お大師様自らの御供養をお受けになられました。その後高野全山の祈願本尊として様々な霊威霊験を発しておられます。
特に大きなご縁は、国内を二分して戦った平将門の乱に名古屋熱田の地に出張して降伏護摩を修し、反乱を平定して剣を“熱田神宮”に留め東北を鎮護されました。
弘安四年(1281年)元冦の役の国難には、賢隆阿闍梨以下六十名の僧侶が明王を率いて福岡志賀の島に籠もり、敵前に温座護摩を修し火界の呪を唱えて元軍覆滅を祈り、大神風と相まって国土の鎮護を全うせられました。火焔を西海の“志賀の島”に留めて異国来襲の護りとされています。
建武の中興・明治維新及び世界大戦争等の国難の度に大威力をお示しになり衆生に与えられた数々の御霊験は挙げるいとまがない程です。 |